TOURPLAZA.JP ツアープラザ・ジェイピー 関西"四季彩の旅”トップページに戻る!

テーマで選ぶ「四季彩の旅」ツアープラザ

四季彩の旅:巡礼・観光・美食 ウォーキングツアー トレッキング(登山)ツアー 海外ツアー ・宿泊プラン バス集合場所地図(別ウィンドウが開きます)

サービス  |お客様と当社を繋ぐコミュニティー

四季彩の旅クラブ(イベント情報) ・関西地区各支店(団体旅行、法人のお客様へ) 会社案内(新規お取引業者様)


歴史倶楽部


戦国三英傑 信長・秀吉・家康の旅 

 


織田信長関連は今春で6期目となります。

歴史ファンをうならせる充実した内容プラス
ほぼ時系列にツアーが進行する面白さ!

企画力のトラベル日本をぜひご愛顧願います。

 

日本史で学んだ事や、 歴史小説で読んだ舞台にご案内致します。

旅先案内人 新田 秀俊【トラベル日本ウォーキングリーダー】

戦国三英傑 インターネット予約はこちら!

 


・桶狭間古戦場を訪ねて 【1月】
・犬山城・墨俣一夜城を訪ねて【2月】
・小牧山城、岐阜城を訪ねて【3月】
・津島・清洲城を訪ねて【4月】
・番外編 電車で行く  観音寺城を訪ねて【4月】
・電車で行く番外編 三好氏の拠点 河内飯盛山と野崎まいり【5月】
・信長最大の危機 金ヶ崎の戦いと逃れの朽木谷【5月】

・浅井長政との激闘 姉川古戦場・虎御前山【6月】
・三方ヶ原の戦い・長篠の戦い・浜松城【7月】
・朝倉攻め一乗谷と織田家発祥の地:剣神社【8月】

・丹波攻略戦の舞台を訪ねて【9月】
・播磨国壮絶の攻防戦 上月城、三木城【10月】
・天下統一の起点 安土を訪ねて【11月】
・壮絶:鳥取城渇殺し 山陰の名城 月山富田城・松江城・米子城【12月】


・小早川隆景の備中七城 VS 黒田官兵衛:水攻め【1月】
・出世城長浜「三献の茶」秀吉と三成の出会い【2月】
・大垣城と初代軍師竹中半兵衛の里【3月】
・賤ヶ岳古戦場と湖北観音の里を歩く 【4月】
・長久手を歩く【5月】
・紀州攻め雑賀衆・根来衆を歩く 【6月】

 

2018年1月 新スタート


1月26日(木)桶狭間古戦場を訪ねて」は満席です。
3月09日(木)に再募集を開始致しました。


桶狭間ガイドウォーク風景

織田信長編の風景 

桶狭間古戦場を訪ねて

二つある桶狭間古戦場跡の謎

(まるで邪馬台国論争・・・)

同じ愛知県内の●豊明市と●名古屋市緑区に桶狭間古戦場跡が
二つあるのはご存知でしょうか?
そして両者が熱い本家争いの論争を続けいる感じです・・・・・

合戦は当然のことながら広範囲に展開された事になるので
、2つとも古戦場跡としは間違いないと思われます。
実際に両区間を歩いてみましたが1km強程度
約20分ほどの距離でした。

問題はクライマックスシーンである今川義元が討たれた
本陣の場所付近はどちらかということです。


国指定の史跡とされているのは豊明市の古戦場跡です。
1937年に文部大臣から史跡として指定されました。
学術的観点というよりは行政や地元住民が力を入れている
影響が有るように思われます。
「桶狭間古戦場まつり」も5月に大々的にPRしてます。

名古屋市緑区の方は、有松町にあり、地元では昔から
「田楽坪(でんがくつぼ)」と呼ばれ
を義元討ち死にの場所として言い伝えてきました。

そもそもは桶狭間山という山の見晴らしの良い所に
義元が陣取っていたと言われますが
その山の場所自体が特定出来ません。

トラ日歴史倶楽部でご参加の皆様と一緒には
この桶狭間の「謎」に迫りたりと思います。


 
名古屋市緑区 桶狭間古戦場公園
 
豊明市 左 高徳院(境内 今川義元公本陣跡)  右  桶狭間古戦場伝説地

熱田神宮

 



三種の神器の一つ草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)の祀る
田神宮。

信長は、桶狭間の戦い前夜清洲城で「敦盛」を舞った後に出陣し熱田神宮で
戦勝祈願を行ったと言われています。

今川義元を討ち取り戦勝のお礼として信長が寄進したのがこの築地塀(信長塀)です。

 

 

犬山城・墨俣一夜城を訪ねて

 

美濃攻略の拠点として、信長に命ぜられた木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が一夜にして
築いたと伝えられる墨俣一夜城。この写真のあるのは模擬天守閣で当時は砦(とりで)程度です。
この墨俣築城が秀吉が大きく出世し後の天下を取る布石でもあったと言えます。
小牧山城、岐阜城を訪ねて


織田信長は美濃攻略が本格的になってきた永禄六年(1562)に小牧山城に移りました。

小牧山(こまきやま)は、愛知県小牧市にある標高86mの山。
現在は山全体が公園となっており市民の憩いの場所です。


金華山(きんかざん)山頂に天守閣を構える岐阜城。

『美濃を制すものは天下を制す』難攻不落の城と呼ばれましたが
永禄10年(1567年)に織田信長がこの城を攻略し、斎藤氏美濃国を奪いました。
「稲葉山城」を「岐阜城」に改め、「天下布武」の朱印を用いて天下統一の志を掲げ
楽市楽座の保護など城下町の復興に力を注ぎました。

津島・清洲城を訪ねて


津島紀行

名古屋市の西、約15kmに位置する、津島市は室町時代から津島神社の門前町、
天王川の湊町として栄えた古い街です。

津島神社は建速須佐之が祀られ、京都の祇園八坂神社と同じ神様です。
八坂神社は主に西国に広まり、津島神社は東国に広まり
全国に3000余りの末社を持つ大神社です。

京都と関東の中間地点にあった津島は日本最初の流通経済が発達したと言えます。
織田信長は、津島の財力を背景に尾張を統一したといわれます。

津島の街が信長の商業経済を育て後の政策に大きな影響を与えたと言えます。

 

清州紀行

信長が家督を継ぎ、尾張半国の支配者として清州城を拠点し尾張の中心となります。
岩倉織田氏を滅ぼし、ほぼ尾張統一を成し遂げました。
後、永禄三年(1560)の桶狭間の合戦もこのお城から出陣しています。

信長は天正10年の本能寺の変で家臣の明智光秀によって討たれました。
羽柴秀吉(豊臣秀吉)は山崎の戦いで光秀を倒した後、
織田家後継者選びの会合がこの清州城で開催されました。

有力武将、柴田勝家、丹羽長秀、羽柴秀吉、池田恒興の4人で
これを清州会議と呼びます。

後、清州城の城主は子息信雄、秀吉の甥関白・豊臣秀次、福島正則と移り
徳川の世になり御三家の一つ
尾張初代藩主の徳川義直が入城しましたが
名古屋城へ移りました(『清洲越し)。

 

 

まだまだ秀吉・家康と続く旅

 

トラベル日本ならでは企画。 他の追従を許さないユニークさで勝負です。
ツアー企画担当者が渾身の情熱を思いを込めてお客様へお届け致します!

 


トラベル日本の「歴史の旅」は企画力に加えて
旅先案内人(リーダー)が同行解説があるから面白い!

他の追従を許さない企画力の "トラベル日本 大阪支店”関西発バスツアー”歴史の旅" 2018年-おかげさまで創立55周年

【旅行企画・実施】ナビダイヤル 0570-66-6545
TEL06-6271-4988  FAX06-6271-8848 
営業時間:午前9時30分〜午後5時30分(土曜日・日曜日・祝日 定休日)
大阪支店 企画販売部
〒541-0054 大阪市中央区南本町1丁目8番14号 堺筋本町ビル9階
観光庁登録旅行業第67号【JATA】
「四季彩の旅」 総合旅行業務管理取扱管理者   加地 光広
IATA公認代理店・JR各社指定代理店
TRAVEL NIPPON, INC..KANSAI "トラベル日本 大阪支店”